ターザンの呟き・・・ ( ̄ε ̄ )
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阪神大震災から13年
 17日は阪神淡路大震災から13年目となる。この日が近づくと今でも何か胸騒ぎがする。あの日の前夜、私は家族でスキーツアーかた帰宅しぐったりと深い眠りについていた。突然全身を揺さぶった。リビングの食器が散乱し、隣の部屋で寝ていた、娘と妻はタンスや落下物の下敷きになっていた。幸い割れた食器で足をケガした程度で済んだ。あのときはまだ、神戸での惨状を想像だにしていなかった。てっきり関東で大震災が起こってしまったんだと思っていた。地震直後、行政は完全にストップしてしまった。人々が自主的に助け合い、初期の被災から生き抜こうと必死だった。まだ混乱の収まらない2月3日、私たちは地区労、全国のユニオンの仲間の支援を得て、「阪神大震災 労働・雇用ホットライン」を開設した。あのときほどユニオン全国ネットの存在を思い知ったことはなかった。寝袋持参で尼崎まで駆けつけてくれた。一人ひとりが誰の指示があるわけでもないのに、被災者から相談を受けるために奮闘した。自立した組合員の偉大さを思い知った。それから約半年、私たちはとにかく走り続けた。労働運動の力も知ることができた。多くの出会いを経験した。
 阪神大震災の被害は平等ではなかった。倒壊した家屋の多くは低所得者の住宅であった。解雇された人々はパート労働者であった。相談は雇用保険もなく職場を追われた事案ばかりだった。約2000件の相談を受けた。私たちは被災労働者ユニオンを結成し生きるためにたたかった。必死の闘いは負けることはないと自信をもった。
 今、私たち働く者を襲っているのは新自由主義の嵐だ。大量の働く貧困者を生み出している。私たちに失う物はない。今、私たち働く者はあの時のようにたたかうときだと思う。阪神大震災の私にとっての教訓は労働者はたたかうことでしか生きていけないという事だった。あのとき私たちは「地震だからと諦めないで」と相談を呼びかけ、一緒に闘いを進めた。
 苦しい生活に追い込まれている仲間のみんなに呼びかけたい。悪いのはあなたではない。共通の敵を見定め一緒に闘おう。闘いは仲間を作りだす。楽しく一緒に前進しよう。
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